【雑記】茅原実里の「悪手」 ―優しい忘却・レビュー

あく‐しゅ【悪手】囲碁・将棋などで、その場面で打つべきでないまずい手。――つまりまぁ、覆水盆に返らず、という言葉がありまして。どんなに勢いがあろうともやってはいけない一手があるよね、という話。何かというと、2010年2月に発売された茅原実里「優しい忘却」の話。…

あく‐しゅ【悪手】
囲碁・将棋などで、その場面で打つべきでないまずい手。
_SL500_AA300_

――つまりまぁ、覆水盆に返らず、という言葉がありまして。
どんなに勢いがあろうともやってはいけない一手があるよね、という話。
何かというと、2010年2月に発売された茅原実里「優しい忘却」の話。

とにかく2010年初頭までの彼女の勢いはすごかった。
長門有希役で出演した「涼宮ハルヒの憂鬱」がモンスターヒット、
キャラソンもヒットし、その勢いのままソロデビュー。

この時期スタッフの目標は、ポスト水樹奈々であったことは間違いないだろう。
水樹が芸歴を重ねるにつれてぽっかり空いた
Elements Gardenのわかりやすい燃え系アニソンシンガー枠、
つまり、疾走系トランスストリングスというラインを核に猛攻をしかける。

堅実にヒットを重ね、シングルもアルバムも声優界の壁である2万枚を楽々オーバー。
3枚目のアルバム「Sing All Love」を引っさげたツアーの追加公演として、
念願だった武道館ライブが決定。
さらにファン待望の涼宮ハルヒシリーズ最高傑作、
「涼宮ハルヒの消失」の主題歌を茅原名義でシングル発売するというアナウンス。

目指せ武道館を合言葉に、スタッフもファンも一同に押せ押せ攻勢でやってきて
まさしく夢が叶い、さらにその上の、わかりやすく言えば
水樹、堀江、田村の御三家に手が届くチャンスが巡ってきた、その中で発表されたシングル曲。

これで彼女の時代がくるのだ、と当時のファンは誰もが淡く期待したことだろう。

が、結果から先に言えば、彼女はこのシングル曲をもってして
ポスト水樹奈々という座から降りざるをえなくなってしまった。

一聴して、なんて残念な曲なのだろうと思う。
平坦なメロディーラインと盛り上がりのない編曲で、安らぐというよりむしろ眠くなるサウンド。
意味がありげで別に何の意味もない、原作者による歌詞。
そして彼女の悪い癖だが、ゆったりとしたメロディーだと歌声が機械的になってしまい、
聴き手に何も訴えかけるものが感じられない歌唱。
 
事実、初動売上は自己最高の15407枚を記録し累計でも2万枚を超えたものの
ライブ等でも全く歌われず、ファン以外の知名度も人気度もいまいちである。
この曲が原因なのかは分からないが、 彼女の勢いは2010年5月の武道館公演までで、
それ以降ぱたっとやんでしまった。

シングル曲としても、この「優しい忘却」を頂点に熱が冷めてしまう。
「Freedom Dreamer」はまだ武道館後の本人作詞曲という存在意義があったが、
「Defection」「KEY FOR LIFE」で原点回帰という名のもとにふりだしに戻り、
「Planet patrol」と迷走が続く。
明らかに売上が漸減していき、起死回生の一発「TERMINATED」まで
2年近くもたってしまうのだからどうしようもない。

ここから彼女のタイアップの歴史が始まり、
他のアニソン歌手と同様にヒット=タイアップという図式が続く。
 「ZONE//ALONE」「SELF PRODUCER」「境界の彼方」…。
しかし、アーティストパワーという面では「優しい忘却」以前の頃とは比べるべくもない。

今、私が「優しい忘却」を聞いて感じることは、楽曲や映画の出来うんぬんではなく、
「もっと可能性があったと思うけどなぁ」というしょうもない追悔である。

なぜ、アニソン界のトップランナーとして彼女は爆走することはなかったのか。

まぁ本人は好きな歌を好きなように歌い、ある程度のファンに囲まれながらライブをして、
時々アニメのタイアップついでに声優としても仕事をする、
というすごく美味しいどことりなアーティストライフを歩んでいるようなので
何の文句もないのでしょうね。